Interview
私が大阪芸大に通っていたのは1980年代の後半です。郊外にある大学のキャンパス周辺は、今よりさらに開けていない状態だったので、そのぶん先生や仲間とのコミュニケーションが濃密でした。音楽学科系と美術学科系が同一のキャンパスだったので、互いに良い刺激を受けていました。私は大学近くでの下宿生活でしたから、そこには、他学科の学生も含めた仲間たちが集い、自然にコミュニケーションを深める場所にもなっていました。
当時は、大学のカリキュラムとは別に、自主的な音楽活動にも力を入れていました。下宿に集う仲間たちと一緒に、当時としては珍しいコンピュータを用いて音楽制作し、打込みの音楽と映像を組み合わせてライブを企画するなど、オリジナルで新しいことに挑戦してみたいという意欲に溢れていました。何よりも新しいことをやってやろうという思いがあり、チャレンジすることを楽しんでいました。いま振り返ると、当時の私は、良い意味で“遊んで”いたのでしょう。遊びといってもただ漫然と時を過ごすのではなく、テーマや目標を掲げて楽しみながら過ごすことも“遊び”だと思います。目標へ向かって進むことだけが良いわけじゃない。目標を達成したときを想像して、そのプロセス自体を楽しみ“遊ぶ”ことが大切だと思います。“遊ぶ”ことには終わりはありません。その感覚は今の仕事にも活きています。
大阪芸大は他の大学とは違い、個性豊かな学生が集まる場所ですし、それぞれの「未知」を楽しむ場所。そういった仲間たちとの交流やコラボレーションを通じて、刺激しあいながら「自分を発見できる」場所だと思います。
「自分を発見する」――私自身は、学生時代に「自分は何を表現したいのか?」ということ以上に、「世の中が何を必要としているか?」に非常に関心があることに気づき、それが今に繋がっています。ビジネスにおいては、目標を立てて企画を練り上げ、事業として成功するかを見極めた上でプレゼンテーションし、才能ある人と人をつないで実現するプロセスがとても大切です。そのプロセスを、楽しみながらゴールへ到達するトレーニングを、学生時代におのずと積み重ねてきたのだと思います。
そのきっかけとなったエピソードを一つお話します。学生時代に、テレビ番組の音楽を作曲するアルバイトをしていたことがあります。ある時「ディキシーランド・ジャズ風の曲を作ってほしい」というオーダーを受けました。普通、大阪芸大の芸術情報センターにある図書館を活用し、楽曲を探して参考にしますが、曲を聴いた時、これだったら、あの学科の誰それに頼んだ方が、より良いものに仕上がりそうだと、プレイヤーとして作るよりも、全体をプロデュースした方が良いと思えたわけです。下宿に集まる仲間たちを中心に、周囲に大勢の個性豊かな人たちがいたからこそ、多様な才能を活用してより良い目標へ到達するという、私の中にあった別の才能を伸ばすことができたと感じています。
先日、大阪芸大で講演させていただく機会があり、「ブームではなく文化を」ということと、株式会社フェイスの企業理念である「あるものを追うな。ないものを創れ。」ということについて話をしました。
私は、卒業後の20年余、「音」というものから離れたことはありません。今も「音」をコアとした様々な事業をプロデュースしています。私自身が、プレイヤーとして音楽を突き詰めていった経験があるわけですから、ミュージシャンと“共通言語”でコミュニケーションもとれますし、社会に向けてクリエイティブとビジネスとの、互いの思いを通訳することもできるわけです。フェイスは世界で初めて『着メロ』そのものを考えた会社です。この日本発信の『着メロ』は、世界累計で100億人以上の方々に利用いただいている普遍的なロングセラーとなっています。
ヒット商品は市場分析やマーケティングのみで生まれるのではありません。『着メロ』のように、世界に今までなかった商品やサービスを生み出し、それを人々に愛されるロングセラーに育てるには、既存のものをアレンジするのではなく、市場を自ら創造していくためのプロデュース力が必要です。私の場合、その根底にあるのは「あるものを追うのではなく、ないものを創る」という考え方。また「ブームではなく文化を創る」ことこそクリエイターだと思っています。先の講演では、いわばその経験から見つけたことをお話しいたしました。
後輩諸君がこの言葉に反応してくれたことは嬉しかったです。質問も非常に多くいただきました。大阪芸大にはこうした考えに共鳴する気風が根付いているのでしょう。
学生時代の過ごし方のアドバイスを一つすると、誰かに左右されずに自分を見つめる作業をすると良いと思います。と言っても、内にこもるのではなく外からの刺激を沢山受け、学生時代だからこそできる多くの経験を積んでほしいです。言われたことしかしない“優等生”になってはいけないですね。大阪芸大には良い意味での“遊べる”環境があり、そこで得たものは皆さんにとってかけがえのない財産になると思います。それぞれの自分にとっての「未知との出逢い」を在学中に楽しんでください。