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大阪芸術大学アートサイエンス学科教授で、国際的に評価されるクリエイティブディレクターである原野守弘氏。経営戦略の立案からプロダクトデザインまで幅広い分野での実績を誇る、広告界の第一人者である。
「自画自賛ばかりする人は嫌われる。でも、大半の広告は『ウチの商品、すごいでしょ』というものばかり。広告の仕事は、その会社を好きになってもらうこと。『森の木琴』では、ドコモがいかに木や森を愛しているかということを伝えている。その姿勢に共感した人は、ドコモを好きになる。“自分が愛するもの”を語るのが、広告の基本なのに、日本にはなぜか少ない。日本のCMは販売促進のものばかりです。
広告と販売促進は違う。広告はブランドを好きにさせることが目的で、販売促進は商品を売ることが目的。欧米では広告(Advertising)と販促(Sales Promotion)は完全に異なる分野とされ、扱うスキルも担当する企業も違う。カンヌで金賞を取った広告に『カッコいいけど、これで売れるの?』と茶々を入れる人がいるけど、その問いそのものが間違っている。広告の目的は商品を売ることではなく、ブランドを好きにさせることだから。
ブランドの価値が上がれば売上げも利益もアップします。アップルを見てください。iPhoneの新モデルは、競合商品よりも値段が高いのに、わざわざ深夜から並んで買う人が大勢いる。販促だと売上げは一時的に伸ばせるけど、ファンは育てられない。いい広告をつくってブランドを高め、ファンを獲得した企業が勝ち組に回るわけです。目先の数字にとらわれると販促の中毒になってしまう。販促はやめたら売上げが下がるから、ずっとやり続けることになります。1本のCMで末永くブランドを愛してくれるファンを獲得するのと、いったいどちらが効率的か…誰が見ても明らかだと思いますね」。
さすがに第一人者である原野氏の視点は鋭く、説得力がある。では、今後の広告界はどんな方向に向かうのか。
「現代の広告は社会性が重視されます。広告はアイデア勝負だと思われがちだけど、本当に重要なのは『社会の見立て』です。たとえば、日本は女性差別が根強いという『社会の見立て』がないと、義理チョコが女性へのハラスメントだということに気づかない。それなくしては、ゴディバの『義理チョコをやめよう』という広告は生み出せないわけです。
CMがネットで炎上するようなケースでは、社会の見立てがずれてしまっていることが原因になっていることが多い。よい社会の見立てに基づいて広告をつくると、人々の共感を得ます。ときにそれは制作者やクライアントに、勇気や大胆さを要求します。
日本の広告は無難なテーマを選びがちなので、広告界をめざす人は、ぜひ海外に目を向けてほしい。ロンドンで、ニューヨークで、上海で、クリエイターが社会をどう見立てて、どんなアウトプットをしているのか、自分で確かめるといい。今は簡単にネットで翻訳できるし、今後はAIが発達して言語の壁は低くなる。広く世界に目を向けることで、未来が開けてくるはずです。
広告に限らず、日本はあらゆる分野で“ガラパゴス的”な特殊進化をしていることがよく指摘されます。世界に通じる審美眼を鍛えるために、まずは自分から扉を開くことが大切です」。
●原野守弘(はらの・もりひろ)1971年静岡県生まれ。株式会社もり代表。大阪芸術大学アートサイエンス学科教授。早稲田大学卒。経営戦略の立案からプロダクトデザイン、メディア企画まで、広範囲な分野で一流の実績を持つ。代表作に「森の木琴」「Pola Dots」など。D&AD Yellow Pencil、カンヌ広告祭金賞、グッドデザイン賞金賞など、国内外での受賞歴も多数。
※「O+」冊子掲載日:2018年5月