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答えはクリエイターの声の中にある
【ライトノベル作家 榊一郎】
答えはクリエイターの声の中にある【ライトノベル作家 榊一郎】

文芸学科 / その他
2021/06/11

これからはただ作品を書くだけじゃダメ
作家自身が売り方まで考える時代になる

1998年にデビューして以来、精力的に作品を発表し続けてきた榊一郎氏。作品の幅広さに加え、執筆スピードでも知られるライトノベルの第一人者だ。


「小説を書くときは、向こうに読者がいることを常に意識して書くことが私のポリシー。私には才能がない、天才たちと比較すると平凡なんです。しかし、天才にも弱点があり、編集部からの売れ筋のリクエストがあっても、あまり対応できない。その点で凡才は、彼らにできないことをやることで対抗できるのです」。


編集部からの要望には極力応えてきた。読者のニーズをくみ取り、素早く書き上げる。「小説家」とは名乗らずに、「小説屋」と自称するのも、まず作品ありきではなく、読者ありきで仕事をしているから。「才能のない私がこの世界で20年やってこられたのは、このスタンスを貫いてきたからにほかならない」と語る。


以前はまったく休みがない状態だったが、今は新作のペースを落とした。企画が通るまで異常に時間がかかるようになったから、という。昔は編集者が自分の判断で企画を通していたのに、今は書店員さんの意見を聞いて判断することもある。しかも、今の売れ筋と違うからと企画の方向修正作業を延々と繰り返すうち、取りかかる前に年を費やした作品もある。


「編集部の意向に応えてきたのは、それが読者のニーズだと信じていたからなのに、どうも怪しくなってきた。題名にも制約が多く、主人公が楽しくて格好よくて、いい思いをするということを題名で表現して…とか、無茶なことを言ってきますからね(笑)。だから、今は私も多少ワガママを言うべきだと思い始めています」。


出版不況のなか、確実に売れる本を模索するあまり、版元は迷走傾向にある。素人の投稿サイトでのランキング上位者を安易にプロにしてしまい、その弊害もあるという。

1998年のデビュー以来、次々とヒットシリーズを発表する榊氏。ハードなダークファンタジー系からコメディ系まで、作風もジャンルも幅広い。

「投稿サイトで上位に入るには、一定のパターンにはめればいいと言われています。その結果として似た傾向の作品ばかりが読まれるから、広く経験が積めず、彼らがプロになってもデビュー作のみで終わってしまうこともある。問題なのは、投稿サイトでウケる作風に近いものを我々まで求められることです。とにかく「異世界」とか「転生」だとか、そんな話を書けという編集もいます。それしか売れないから、それだけ書け、という姿勢はやはり問題ですね。流行は移ろうので…。


これからは作家が自身で売り方までを考えなくてはいけない。作品を書くだけではダメなのです。ラノベは歴史も浅いし、これから何が起こるかわかりません。大きな転換がないとも限らない。とにかく私はこれからも書き続けるし、引退宣言などせず、現役のままで死にたいとは思っています」。


あえて問題提起をするのは、業界を牽引してきた自負からだろう。本当にラノベの未来が暗いのなら、「死ぬまで書き続ける」訳がない。読者の欲求を最優先するのは彼が真のプロである証しだ。そして、こういう作家が健在である限り、ラノベが廃れることもないはずだ。


●榊 一郎(さかき いちろう)  1969年大阪府生まれ。大阪芸術大学文芸学科客員教授。大阪大学法学部卒。1998年に『ドラゴンズ・ウィル』『スクラップド・プリンセス』、『神曲奏界ポリフォニカ クリムゾン』など多数のライトノベル作品を発表。『アウトブレイク・カンパニー』、『棺姫のチャイカ』などテレビアニメ化された作品も数多い。

趣味のモデルガンをはじめ、多数のフィギュアが並ぶ仕事場。巨大なアクアリウムも設置されている。デスクまわりのスペースは意外に狭いが、そのほうが集中できるのだという。