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●喜多俊之(きた としゆき)プロダクトデザイナー。大阪芸術大学デザイン学科教授。家具、家電、ロボット、家庭用品に至るデザインでヒット製品多数。多くがニューヨーク近代美術館など世界のミュージアムに収蔵されている。2011年イタリア「黄金コンパス賞(国際功労賞)」受賞。17年「イタリア共和国功労勲章コンメンダントーレ」受章。
現在、デザインの世界では、人、自然、テクノロジー、この3つのバランスを考えていこうという流れが世界的に起きています。
たとえば、イタリアのミラノで「Bosco Verticale(垂直の森)」と呼ばれるタワーマンションが建設されました。自然との共生をテーマにしており、780本もの木が建物全体に立体的に植えられています。また、日本でも古民家を再生するプロジェクトが各所で進んでいます。
私自身も兵庫県の丹波篠山に昭和初期の古民家をリノベーションしたギャラリー「篠山ギャラリーKITA'S」を2010年にオープンしました。これまで捨ててきたものを新たな技術を活かして復活させることで、新しいデザインが生み出され、デザインの未来が見えてきます。
そして今、デザイン界の潮流として目が離せないのがアジアの躍進です。中国では、政府の経済政策の中核にデザインが置かれており、各地にデザインセンターが設置されています。隣にある韓国にも、ザハ・ハディド氏の設計による「東大門デザインプラザ」が2014年に建てられました。この施設は、延面積85,320平方メートルに及ぶ広大なスペースは、アート&デザインに触れられる名所としてアジアの最先端デザインの発信地になることが期待されています。
これからもアジア諸国はさらにデザイン政策を進めていくでしょう。
イタリアは、デザインの国として世界に知られています。最近では、ローマとミラノ間を走行する高速鉄道ユーロスター・イタリアが時速300kmまで出せるように改良され、フォルムも空気抵抗の少ないものに。乗り心地も抜群でした。
そんなイタリアでは、ミラノを中心に大きな国際見本市が定期的に開催されていて、会場には数十万もの人が世界中から訪れます。2017年1月にはHOMIという国際見本市があり、そこで私は日本の秋田スギを使った家具作品を発表して多くの人たちから注目を集めることになりました。スギは日本で古くから使われている素材ですが、そこにデザイン的な要素を加えることで、これからの展開が期待できる新しい素材として、伝統的な匠の技とともに認知されたのです。過去と現在、そして未来は、密接に関わっているのです。
私が、ずいぶん前に考えた「SARUYAMA」という名前がついた椅子も同様です。座ったり、よじ登ったり、寝転んだりと、人々が自由な姿勢でくつろぐことから発想したもので、発想から20年程経って、やっと市場で受け入れられ、世界のマーケットに出回りはじめています。
今、世界でデザインが改めて重要な言葉として位置付けられています。
モノのデザインや情報のデザイン、都市デザインなどの地球環境に対する広い意味での範囲に入ってきている状況です。中国などの多くのアジアの国々でもデザインを国家的な資源として捉えています。デザインで大切なことは、誰のためにあるのか?そして自然や生活、文化と深く関係しています。また、それらを生産する側にとっては、経済産業という大きな役割を担っています。
デザイナーは、それ等に対してどういうものにまとめていくかという役割を持っています。人々の暮らしはときと共に変わります。デザインには、それ等にもしっかりと応えていかなければならない役割があるのです。
私たちのこれからのデザインと生活空間、その環境をテーマに、1987年4月から9月まで、パリのポンピドゥーセンターで展示会があった。
私の出展作品のコンセプトは、「変わるものと変わらないもの」。技術が発展するなかでも、人々の歴史、数千年もの間に育まれた日常の暮らしは、基本的に変わらないという思いを込めた。結果、「変わるもの」を表現した作品『MINERAL SPACE 鉱物空間』は、最新のサイエンスやテクノロジーを織り交ぜた。電気エネルギーと鉄と鋼、アルミニウム、新素材などでできた空間で、鉱物の素材が中心に成り立っている。
もうひとつの「変わらないもの」を表現した作品『CEREMONY SPACE 二畳結界』は、精神的な空間を表現。素材は木と畳、漆といった、植物が中心で成り立っている。長い年月の間にも私たちの暮らしのなかでの安心と安全、そして美的観念は変わっていないことを発見した作品でもある。
2019年の5月と6月、大阪芸術大学で作品展を開催し、このふたつの作品をはじめ、ロボットや家具、家電などを紹介した。これまで多岐にわたるデザインを手がけてきたが、ものづくりとは機能性や安全性、オリジナリティ、使う人への思いやり、経済産業、自然と芸術、そしてサイエンスやテクノロジーの融合など、バランスよくまとめる作業であるとあらためて実感している。
「座る、寝転ぶ、といった人間にとって基本的な動作は、生活環境が変わっても不変ではないか」という考えのもとにデザイン。座ったり、寝転んだり、自分の場所を探すことが出来て、よじ上ることも出来る。まるで猿山のようで、それがネーミングになりました。
3つの不変形の断片にわかれているが、組み合わせることでひとつの大きな円形ソファーが出来上がる。これまでの椅子のイメージから遠いSARUYAMAシリーズは、ヨーロッパから日本語の名前がつけられ、1989年のデビュー以来、多くの国々で空港やホール、家庭にも使用されています。
型破りはデザインのひとつの切り口でもあるのですが、そう多くの機会に出合うことがありません。なかでも、このSARUYAMAは、これまでの概念を超えて売り出されてから30年以上の年月が過ぎました。最初のクレイモデルから50年以上、デザインは年月と共に変わるものと変わらないものがあることを教えてくれて、初めから自然とハイテクノロジーで生まれた作品でもあります。
流線形とガラス張りが印象的な大阪芸術大学アートサイエンス学科棟の空間とも調和し、更に未来が感じられます。