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2022年4月、大阪芸術大学のアートサイエンス学科棟に世界初となるアンドロイドと音楽を科学する「アンドロイド アンド ミュージック・サイエンス・ラボラトリー/ Android and Music Science Laboratory(以下AMSL)」が完成した。第一線で活躍するアンドロイド・ロボットと音楽家のコラボによるアートサイエンスの新しい研究施設だ。ここで何が生まれていくのか、中心となる方々に話を聞いた。
Photographs: Kenshu Shintsubo
Text: Yuriko Ishii
AMSLの主幹を務めるのは、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』や『MIRROR』を国内外で発表し活蹴している音楽家・渋谷慶一郎氏。また、プログラム開発を担当するのが、コンピュータ音楽家・今井慎太郎氏だ。各氏は大阪芸術大学アートサイエンス学科の客員教授にも就任。同ラボラトリーの運営は、ラボ活動をマネジメントする*松本七都美氏(同大講師)、全体のマネジメントを担当するアートサイエンス学科教授の*安藤英由樹氏を含む計4人の教員による構成となる。ラボラトリー設計は、内装から什器まで建築家*妹島和世氏(同大、建築学科客員教授)が手がけた。
開所式では、世界初披露となる新生*アンドロイド・オルタ4が発表され、音楽家・渋谷慶一郎氏とオルタ4による演奏会が行われた。
*1 松本七都美(まつもと なつみ)
大阪芸術大学アートサイエンス学科講師。ドバイ万博にて、アンドロイド・オペラ®『MIRROR』の制作統括を担当。
*2 安藤英由樹(あんどう ひでゆき)
博士(情報理工学)/XR研究者・アーティスト。大阪芸術大学芸術学部アートサイエンス学科教授。
*3 妹島和世(せじま かずよ)
建築家。大阪芸術大学建築学科客員教授。1987年妹島和世建築設計事務所設立。
*4 アンドロイド・オルタ
「生命らしさ」とは何かを探求するために開発されたロボット。見た目は機会がむき出しだが、複雑な動きによって「生命らしさ」を表現している。オルタ4は、2022年のドバイ万博にも登場したオルタ3の進化版であり、表情筋の可動域が増え、舌が追加されたことにより豊かな表情を生み出すことが可能となった。
音楽家・渋谷慶一郎氏は、『ミッドナイトスワン』や『ホリックxxxHOLiC』などの映画音楽をはじめ、人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』や、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』や『MIRROR』などを手がけてきた。音楽を軸としたアンドロイドと人間のインタラクションにより、アートとサイエンスを融合する取り組みを行い、世界的に活躍。渋谷氏が大阪芸術大学のアートサイエンス学科棟に誕生したAMSLの主幹を務めるにあたり、未来社会を担う次世代の若者たちに期待することとは。
「これまで、音楽とアンドロイドについて長く携わってきた中で、AMSLの開所に繋がったことを嬉しく思います。このラボラトリーでは、主にオルタ4のパフォーマンスやインスタレーション作品制作を行い、そのプロセスを学生に見学・参加してもらうことができます」。
AMSLでは、作品のコンセプトからプロセス、フィニッシングまで制作過程が体験できるため、学生たちはレベルに応じて参加することができ、作品制作だけでなく、国内外での公演を実現可能にする制作進行を目の当たりにできる。
「私が手がけるプロジェクトは、国外を中心に展開しているため、どのように現地のプロダクションとコニュニケーションを取るのか、メディアの扱い方などを学んでもらうことも可能です。特に、プログラミングの知識やスキルを持った学生に積極的に参加してもらい、有意義な関係性を築き、さまざまなプロジェクトにおいて戦力になるような人材が育てば、素晴らしいですね」。
2019年から渋谷氏のアンドロイド・オペラのプロジェクトに関わるようになり、オルタの発する声や動作を総合的にプログラミングする役割を担っている今井慎太郎氏。オルタ4は前身であるオルタ3の進化版で、表情筋の可動域が増え、舌が追加されたことにより豊かな表情が可能になった。また、全身の強度や関節数が増したことで、よりダイナミックな表現が期待される。
「元々はプログラマーやエンジニアというわけではなく、コンピュータ音楽家として活動してきました。20数年前から、コンピュータをリアルタイムの環境下で音楽に使用し、主に楽器とコンピュータという形で作品を制作してきましたが、そうした知見がアンドロイドを通して演奏とコンピュータのインタラクションを目に見える形にすることに繋がりました。音楽表現に、これまでとは明らかに違う事例を作ってこられたことをプロジェクトを通して感じています」。
AMSLでは、人間とアンドロイドのインタラクション、あるいは、アンドロイドとアンドロイドのインタラクションなど新しい制作活動を推し進めていけるのではないかと話す。「AMSLの運営にあたり主心にしたいこととして、渋谷氏の『テクノロジーと付き合って、変わるのは人間の方で、開拓されるのは、人間の方』という言葉が挙げられます。今後、さまざまなプロジェクトを実現していくと共に、その制作過程を可能な限りオープンにしていくため、学生には自主的に関わり、学んでいただけると嬉しいです」。
●渋谷慶一郎(しぶや けいいちろう)
音楽家。東京藝術大学作曲科卒業。大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。2002年に音楽レーベルATAKを設立。代表作は、人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』など。2020年に映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当。毎日映画コンクール音楽賞、日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021年8月に東京・新国立劇場でオペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022年3月にはドバイ万博でアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通じて問いかけている。
●今井慎太郎(いまい しんたろう)
コンピュータ音楽家。国立音楽大学およびパリのIRCAMで学び、文化庁派遣芸術家在外研修員として2002年から2003年までドイツのZKMで研究活動、翌年にDAADベルリン客員芸術家としてベルリン工科大学を拠点に創作活動を行う。2008年よりバウハウス・デッサウ財団でバウハウス舞台の音楽監督を度々務める。2015年に作品集『動きの形象』を発表。ブールジュ国際電子音楽コンクールでレジデンス賞、ムジカ・ノヴァ国際電子音楽コンクール第1位、ZKM国際電子音楽コンクール第1位などを受賞。現在、国立音楽大学准教授および大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。