2024年6月25日、フォーリーアーティストの渡邊雅文さんによる特別講義が大阪芸術大学 6号館Dスタジオにて行われました。フォーリーとは、主にアニメ、実写映画などの映像作品の登場人物が発する足音、なにかに触れる音、衣擦れの音をさまざまなアイデアや物を駆使して制作・再現し、映像に付けていく音響効果の作業の一つ。今回の特別講義では、2006年に舞台芸術学科を卒業して音響効果の仕事に就いた後、フォーリーに特化した制作会社を立ち上げた渡邊さんの指導のもと、音楽学科の学生たちがフォーリーを実践しました。
砂利が敷かれたケース、古びた衣服や鞄、食器の数々。音楽制作や音響作業などを学ぶ音楽学科の学生たちは、見慣れない“機材”を前に不思議そうな表情。そんな中で始まった特別講義。渡邊雅文さんはまず「フォーリーの仕事は“人が関係する音”を作ること。感覚的には、アニメーション作品で言えば声優の仕事に近い。声優が担当するのが登場人物の会話など首から上の部分であれば、私たちは首から下。たとえばコップを置く音。実際にコップを使って登場人物の動きを見ながら音を鳴らして録音し、ソフトを使って映像と音を合わせます。でも人物の感情を読み取って音の鳴らし方も考えなければなりません」と話しました。
さらに渡邊さんは、自身がフォーリーを担当した短編アニメーション『旅はに』を見せて詳しく解説。登場人物がずっこける場面の「ドサッ」という音は、シャツを小脇に挟んでその上から太もも辺りを素早く叩くことで再現。また、駆け足の音は「みなさん、歩くときってまずかかとから地面に着けますよね。でもフォーリーではその歩き方だと目的の音にならないことが多いので、つま先で歩いたりします」と工夫が必要だと言います。
そういったポイントを押さえた上で、学生たちが『旅はに』を題材にフォーリーに挑戦。登場人物が背負うリュックが衣服に擦れる音を担当した学生には、渡邊さんは「鞄の材質が柔らかいか、硬いかによって音が変わります。また映像の中のカメラの引き、寄りも考えて音に強弱を付けましょう」と助言。お菓子を食べるときの音については「口の中が広い人の方が、良い咀嚼音がするんです」と指摘。中には「そのコップの音、どうやって出したの?」と渡邊さんを驚かせる“技”を披露した学生も。
実技後は、渡邊さんへの質問の時間が設けられました。興味深かったのは、いつもどのように音と向き合っているかという質問。渡邊さんは「生活している中で『今、変な音がした』と思えば耳を傾けたり、料理中にボウルを指で叩いて『なにかのバッテリーが切れる音に似ている』と発見したり。常に気を配って音を聞いています」とおもしろいアイデアは日常に潜んでいると語ります。音楽業界をめざす学生たちは、そんな渡邊さんの探究心の深さに感銘を受けている様子でした。
私が映像に音を付けるとき、一つの考えだけではなく多方面から物事を考えるようにしています。一方的なアイデアだけで押し切ろうとすると、監督から「でも、こういう考え方もあるんじゃないですか」と突っ込まれたとき、説明ができなくなります。音を付ける際の発想自体はひらめきが多いのですが、ストーリーの前後の流れも意識しながら、「なぜそういう音になるのか」と納得してもらうための筋を通すようにしています。そんな自分の仕事の原動力が、悔しさです。以前、オーディオドラマに携わった際、人が椅子から立ち上がる音を作ったのですが、監督から「そういう風に聞こえません」と指摘されました。そのときは手持ちの素材が少なく、それ以上のことができませんでした。監督から「分かりました、これでいいです」と言われたことが今も忘れられないんです。どんな仕事でも理想と現実に差が生まれるのは当然のこと。重要なのは、自分でその差を知ること。時には追い詰められることもありますし、常に苦しさと悔しさの連続。「嫌だ、逃げたい」「もう二度と音響効果の仕事はやらない」と思うことだってあります。それでも完成した音を聞くと「意外とやるじゃん、俺」となるんです。きっと“フォーリーバカ”なんですよね。バカであることって、夢を叶えるために必要な要素ですから。あと芸人性も大事。「さすがにこんなことはできませんよね」と言われると燃えます。大喜利をやっている感覚に近く、お題に対していつもおもしろい回答を探しています。そのために全力を尽くすけど、満点の回答はこの先も出せないと思います。学生のみなさんに伝えたいのは「満点の作品を世に出そう」ではなく、「成長過程のものを出してください」ということ。失敗しても、バカにされても「そんなの知ったこっちゃない」と突っぱねて、成長マップ自体をコンテンツ化する。人ってそういうものを応援したくなるし、おもしろい作品ができあがる過程にこそ作り手の人生観がにじむ。だからどんどん、未完成な自分をさらけ出して欲しいです。
大阪芸大には「映画音楽」に関する講義があり、その中でフォーリーについて教えていただいたことがありました。私はミュージックビデオの制作もやっていて「ミュージシャンの音楽だけではなく、フォーリーも取り入れながら映像を作ってもおもしろいんじゃないか」と考えていたんです。そういった経緯もあって特別講義に参加しましたが、実際にフォーリーを体験してみると「こういう音になってほしい」と思い描いていた音と実際に出来上がった音の違いがかなりありました。たとえばスマホのタップ音。ただただ画面を指で叩けば良いわけではなく、登場人物の心情に合わせなきゃいけない。あと「映像と音を合わせなきゃ」と意識しすぎるとタップする力が強くなって大げさな音が出来上がったりする。私が作った音は、渡邊さんのタップ音に比べると薄っぺらいと言うか、おもしろみがないものでした。あと、学生が作った音はどれもちょっと引っ掛かりがありました。渡邊さんが作った音は自然に聞き流せて、良い意味でなにも感じないんです。それこそがプロの仕事なんだと思います。私はコンサートのPAの仕事をめざしているのですが、ステージに立つ演者の気持ちを理解した上で音を出さなければなりません。リハーサルと同じセッティングで音を組んではいけないんです。今回の講義であらためて、渡邊さんのように違和感なくスッと聞き取れる音を作る重要性に気づきました。
僕は以前「フォーリーをやってみよう」と自分で音を作り、撮った映像に付けていくことをやった経験がありました。今回の渡邊さんの特別講義で興味深かったのが、たとえば足音一つでも、怒っていたり、嬉しかったり、感情の違いによって音の作り方、出し方が微妙に変わるところ。物語やキャラクターの行動を見て、物語の内容もしっかり理解することが大事なのだと気づきました。あと、フォーリーはお芝居の要素が大切だと感じました。今日のように同級生のみんなに演技をしている姿を見られるのは照れくさいところもありましたが、そういう恥じらいを捨てることで、良い仕事が出来るのだと思います。フォーリーの実践では、キャラクターが砂利の上を急ぎ足で歩く足音をやらせてもらいました。映像を見ながら音を鳴らすのですが、そのタイミングもうまくいき、感情を込めて音も出すことができたと思います。自分は今後、PAの仕事をやりつつレコーディングにも携わりたいと考えています。ですので、いろんなジャンルの音響を経験したいんです。フォーリーは、録音状況という部分でとても特殊な環境。その点では、この特別講義で多様なレコーディングを経験することができました。また、PAとして演者が出す音を拡声させる場合の参考にもなりました。