本サイトはInternet Explorerには対応しておりません。Chrome または Edge などのブラウザでご覧ください。
Topics

建築界の巨匠、妹島和世先生と青木淳 先生による特別講義 建築界の巨匠、妹島和世先生と青木淳 先生による特別講義

建築学科
2024/05/22

2023年11月18日と2024年1月27日の2日間にわたり、建築学科の学生に向け、世界的な建築家による特別講義が行われました。11月は、建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞を受賞した客員教授の妹島和世先生が「環境と建築」というテーマで講義を実施。1月は、国内外のルイ・ヴィトン店舗や京都市京セラ美術館の設計を手がけ、同館の館長にも就任した客員教授の青木淳先生が「建築とアート:陰翳礼讃の陰翳について」というテーマで特別講義を行いました。各講義では妹島先生と青木先生の建築に対する思想や考え方などが語られました。

妹島和世先生による「環境と建築」

Rolex Learning Center, EPFL Ⓒ SANAA

11月18日に行われた妹島先生の講義は、学年を問わず、通信教育部や大学院の学生も集まり、多くの受講生で席が埋まりました。妹島先生は、自身が手がけたプロジェクトについてスライドを映しながら、各建築物の構造や周辺環境について説明。ニューヨークにあるニューミュージアム(New Museum of Contemporary Art)は、都市の斜線制限を考慮に入れ建物の各部分をずらしながら積み重ね、そこにできるズレから自然光が入るように設計したと言います。スイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパス内に建設された学習施設「Rolex ラーニングセンター」は、地面についたり離れたり上下する一層の建物で、全体の断面図や模型などの写真を含めながら、どのように設計を進めていったのかプロセスを紹介。このラーニングセンターは約20000平米の広さの壁のないワンルーム空間の中に、図書館や食堂、ホールなど複数のプログラムが入っています。さまざまなエンジニアと協力し、いかに風をゆっくり入れて空調機を使わない空調方式や自然光の入れ方の工夫などについて述べ、最もチャレンジングだったのは、壁がないので音のコントロール方法だったと話しました。避難路の確保などについても建築現場の写真を見せながら解説。学生たちは、次々に映し出されるスライドを真剣な眼差しで見ていました。

建築を行う上で配慮すべき地域の特性や環境

パリのルーヴル美術館の別館として計画された「ルーヴル・ランス」は、かつて炭鉱地域として栄えていた背景があったため、昔の産業遺構を残すことと、地形を考慮して設計。北ヨーロッパの地形的に水平的な光のもとにある美術館で、ルーヴルが持つ6000年に及ぶコレクションを時間順に鑑賞しながら、この自分たちの先に時間が続いていくことを感じることができることをめざして建てられたと話します。また、アメリカ・コネチカット州のニュー・ケイナンという街に建つ「グレイス・ファームズ」は、地域コミュニティを維持する拠点として計画されました。自然と人が集まり関係が結ばれていく、かつての教会の現代版のような建物を作ることがめざされました。元々は競走馬の馬屋や練習場だったところが敷地で、なるべくその雰囲気を残すことを意識し、さらに現地で実際にロープを張って建物の線を描き、地形の傾きに合っているかなどをチェックしたと述べました。

Aerial view of the Art Gallery of New South Wales’ new SANAA-designed building, 2022 ⒸIwan Baan

他にも、「荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)」については、大ホールにぶどう畑が段々に連なるような客席(ワインヤード形式)を採用し、市民が一体感を感じながらきれいな音を鑑賞できる環境を整え、イタリア・ミラノにある「ボッコーニ大学のキャンパス」では、40%以上を公園にするようにという市からの要請に対して、街から公園まで建築をとおして連続するように計画するなど、地域の特性や環境を配慮した建築を心がけたと解説。シドニーにある「ニューサウスウェールズ州立美術館」は、高速道路上の橋とオイルタンクの上に建築物を立てることから、インフラの増築化だと考え、ボタニカルガーデンなど周辺環境と連続性を持たせようと考えたと語りました。そして最後に、京都・嵐山の住宅や、中国・蘇州のホール、香川県の新香川県立体育館など、現在進行中の大型プロジェクトが紹介され、学生たちは熱心に聞き入っていました。

課題をクリアし、いかに柔らかく表現するかに楽しさを見出す

講義の最後には質疑応答の時間が設けられ「フランスでは環境保全を指向した都市計画が行われている点について、体感としてどう考えていますか」という学生からの質問に対し、妹島先生は「さまざまな国でカーボンフリーが意識されている中でも、特にフランスは、基礎以外コンクリートの使用は避けるように言われるなど徹底している印象はあります。プロジェクトを遂行する際も、さまざまな規制があり、自然を配慮した窓の向きや車いすが回れるような内装などクリアすべき点が多い国であると感じます。その上で課題をクリアしながらデザインを話し合うのは面白いと思うし、厳しいルールがある反面、そこをどのように考え作っていくかという点に楽しさを感じます」と回答。また近年、建築だけでなく鉄道車両や時計、バッグなどプロダクトデザインも手がけていることについて「プロダクトデザイナーが考えるものではなく、建築を勉強してきたからこそ考えることができる視点で作ってみたいと思っています」と話しました。

青木淳先生による「建築とアート:陰翳礼讃の陰翳について」

青木先生の特別講義では「建築とアート:陰翳礼讃の陰翳」について語られました。『陰翳礼讃』とは明治から昭和中期に活躍した小説家・谷崎潤一郎の随筆で、日本古来の美意識に宿る陰翳の美が書かれています。この作品から建築にどうつながっていくのか…。受講生が期待しながら考えを巡らせていると、講堂の照明がおとされ、スライドを用いた講義が始まりました。

闇は黒ではないことから始まる

青木先生は、『陰翳礼讃』について「この作品は、古来の日本では闇が黒一色などの単純なものではなく、陰翳を利用して生まれる生活美や芸術があり、日本的なデザインを考察する上でも優れた随筆」と紹介。一方、比較として西洋文化では、絵画などで描かれる多くが、光(白)と闇(黒)の二元論に基づいており、日本とは闇の見え方が違うと話しました。また、谷崎潤一郎の小説『春琴抄』では、闇が多様なイメージの源泉であることが表されており、視覚だけに頼らない物の見え方を認めることで、空間や建築の見え方が広がっていくことが書かれていると解説しました。

目で見るものは主観がカバーしてくる

目で見て認知する情報は、時に事実とは違う場合があります。青木先生は哲学者プラトンのイデア論『洞窟の比喩』を例に挙げて説明しました。『洞窟の比喩』とは、地下の洞窟に住む縛られた人びとが灯りの手前を通る物の影を見て、影が実体だと思い込んだが、実際は動物などの像だったという寓話です。プラトンはこれをアナロジー(類比)として用いて「私たちが現実に見えているものはイデア(観念)の“影“にすぎなかった」と諭したのです。そこから青木先生は、目で見るものは主観がカバーしてくるため、本質を見るためには見えることに頼らない批判精神が必要だと示しました。

建築が内包する陰翳

では、陰翳の表現を意識した建築とはどのようなものなのか─。まずは「中野本町の家」(設計:伊東豊雄氏)という有名な馬蹄形の住宅が紹介されました。青木先生は「住宅の写真を見ると、部屋の中は壁や床などほとんど真っ白であるが、外から撮影された室内が見える窓は闇に見えた」と、評論家で写真家でもある多木浩二氏が撮影した写真作品をスライドに映し出し解説。他にも陰翳の触覚的な視覚が浮かぶ建築として、イタリアの建築家・アルド・ロッシの『モデナ墓地』を取り上げました。「穿たれた立方体」とも言われているこの建築物からは、陰翳を認識した表現としてのアナロジー(類推)が感じられます。工学的な世界のグリットで表される小さな窓は、立方体に並んだ存在する闇です。文学から建築の話に講義の内容は移って行き、青木先生の言葉を聞き逃すまいと熱心にメモを取る学生の姿もありました。

建築以外に興味を持つことが大切

青木先生は著名な建築家ですが、実は高校生のころは建築家以外に小説家と映画監督もめざしていました。小説を読むことはもちろん、映画をたくさん見たと言います。青木先生が建築を設計する際「一緒に作る仲間が私と同じイメージでもうれしいけれど、違うイメージを持っていたらもっとうれしい」と、プロジェクトを共に取り組む仲間の理想を語りました。そして「皆さんには建築以外のことにも興味を持ってほしいです。物づくりはただ覚えるだけではいけない、壁にぶつかっても自分の興味を深掘りすることができていたら、まだまだやれることがあるはずです」と、建築学科の学生たちに向けて言葉をつなげました。

建築学科/客員教授
妹島 和世 先生

今回の講義では、これまで手がけたプロジェクトの詳細について、環境にまつわることを中心にお話ししました。学年を問わず、通信教育部の学生や大学院生、建築の勉強を始めたばかりの人などさまざまな方々が集まってくださり、皆様が熱心に話を聞いてくださる姿を見て大変うれしかったです。高橋靗一先生という建築家によって設計された大阪芸術大学は、学生の皆さんにとってすばらしい環境だと思います。地形になじんで作られたキャンパスで身を持って勉強できることはもちろん、さまざまな学科の学生たちが交流できる点もすばらしいですね。(Photo: Kohei Omachi)

建築学科/客員教授
青木 淳 先生

建築を勉強している学生の皆さんには、建築だけにとどまらず他の分野にも興味や関心を持つことで考え方が広がり、それがまた建築を手がける際にアイデアなどとして戻ってくるということを伝えたかったです。現代アートもそうですが、今回は特に文字を読むこと、文学に触れることの大切さを知ってほしいという思いがありました。文学の特徴は視覚が入らないことです。文章だけで世界観を表現するため、もっと広い世界を作り上げる可能性があります。講義を通して、そういったことに関心を持ってもらえたら良いと感じました。

建築学科 3年
三村 千咲 さん

2年生の時も妹島先生と青木先生の講義に参加しましたが、3年生になって理解できる範囲が広がり、新たな発見や疑問を持つことができたので、さらに成長できたような気がしています。妹島先生の講義では、建築がその土地に着地するためにどうすれば良いかということを常に追求し続けているのだなと感じました。先生が手がけたプロジェクトを1つひとつ細かく説明して頂き、建築の新たな考え方と見方を学ぶことができました。また、青木先生の講義は、1冊の小説に沿って話が展開され、理解が難しい部分もありましたが、紹介された本を読み、自分の考えを持った上でもう一度講義で取ったメモを見返したいと思います。世界的に活躍されている建築家の講義を受けることができるのは、他ではなかなか経験できないことです。このような貴重な機会を与えてくださる先生方にとても感謝しています。今回の特別講義では、自分が今まで考えたことがなかった分野の話もあり、興味深かったので、その部分について追求してみたいと思いました。卒業制作や、さらにその先に向けて、視野を広げる良いきっかけになりました。

建築学科 3年
田中 蒼大 さん

妹島先生からは、論理的に組み立てつつも、時には直感を信じ、歴史や風土などの敷地周辺環境が教えてくれることに身を委ねながら決断を重ね、建築を伸びやかに計画していく姿勢を学びました。また、青木先生の講義では、物事を断片的に処理しないことの大切さを知ることができました。お二人のクリエイティビティーそのものを吸収するというよりは、プロジェクトに取り組んでいる時の妹島先生と青木先生の思考過程を学んでいるという感覚に近かったです。ある課題に対してどう対処したのかではなく、どうしてその対処法に至ったのかに興味がありました。「なぜ、その思考過程になったのか」を、ご本人から聞ける機会は非常に貴重なのでありがたく思います。また、第一線で活躍されている方々の空気感に触れられることは大変うれしいことです。建築にとどまらず、モノづくりをすることにおいて、その人らしさおよび本質的な内面は必ず作品に反映されると強く感じています。まだまだ未熟ですが、将来は、自分自身がデザインをしたものに対して胸を張って、どんな結果になっても作品を作ったことに対しての責任を取る、正々堂々とした建築家になりたいです。

Photo Gallery