――仕事の依頼が殺到し、怒涛の日々を送っていると聞いています。
仕事、オリジナル作品共に、とにかく寸暇を惜しんで描き続けています。長いと1日20時間は机に向かっています。眠くなってしまうのが嫌なので、作画中は食事もほとんど摂りません。飢餓状態の方がいい仕事ができるんです。ライオンが狩りをするのと同じようなものでしょうね。
――何が先生をそうさせているのですか?
絵が上手くなりたい。ただその思いです。デビュー前から自分の絵にコンプレックスがあって、もっと上手くなりたいと今も思い続けています。昔の絵は恥ずかしくて見られません。『ツルモク独身寮』を読み返したことも2回だけ。顔が真っ赤になってしまって(笑)。
僕の頭のなかにはつねに、10年後に自分が描くべき理想の絵があります。51歳の今は、61歳で描いている絵がビジュアルとして見えるんです。それを実現するには、もっともっと画力を上げていかなければいけない。毎日、限界まで筋トレしているような感じです。
――表現方法がマンガからイラストへと変わりました。先生のなかでは絵を描くという行為は、どう変わったのですか?
実は何も変わっていないのです。僕の作画はキャラクターありきのアプローチ。マンガは創造したキャラクターをどんなストーリーのなかでどう動かすか、どうコマを割るか、セリフで何を語らせるかが大切です。
一方、一枚絵のイラストではキャラクターは動かないし、語らない。マンガが雄弁なのに対し、イラストは寡黙です。対照的な表現に見えますが、僕の脳内作業は同じです。キャラクターの生い立ちから今の生活環境、喜び、悩み……バックグラウンドを徹底的に突き詰める。そのうえで、必要なものを絵に盛り込んで表現しているのです。
――『ツルモク独身寮』のように、コメディ要素の多いストーリーマンガを週刊連載で描き続けるには、とてつもない労力が必要です。物理的作業の違いはありますか?
描く絵の物量は決定的に違います。また、ギャグを入れるのは非常に苦しい作業です。大喜利のお題を自分で考えて、自分で回答を出していくようなもので、逃げずに自問自答し続けなければならない。締め切りもタイトで手を動かさなければいけない。まだ若かったからできたんです。
絵も未熟だし、ストーリーも青臭いと今は思いますが、そのときにしか描けない絵、話というのがあるんです。その年齢なりに力を尽くす価値は絶対にあると思います。
――上手くなるために、どんな努力や工夫をしているのですか?
これまで描いてこなかった画題を選んだり、テーマに縛りを設けたりしています。『キッズシリーズ』もそんなチャレンジのひとつ。子ども目線での一枚絵の表現をめざしたものです。大人の俯瞰の視点ではなく、自分自身が子どもになりきって描く。どんなキャラクターであっても憑依するくらいの心構えで挑みたいです。
――今後、めざすものとは?
マンガとイラストとの違いでお話ししたように、イラストには“語らない美学”があると思います。考えは尽くしたうえで絵の表現としてはいかに引き算できるかが勝負。最小限の表現のなかにたくさんの感情が込められた作品は、観る人の想像力をかき立てます。つまり、それは観る人、一人ひとりのなかで絵が雄弁に語る究極のカタチです。
僕は浮世絵が好きなんですが、版木によるコストの問題で色数や情報を削るしかなかった。しかしそれによって日本人特有の引き算の美学が生まれたと考えています。その美意識を僕なりの解釈で取り込み、質の高い絵の引き算を追求してみたいです。