国内外のルイ・ヴィトン店舗や、2020年4月にリニューアルオープン予定の『京都市京セラ美術館』の設計を手掛け、さらには同館の館長にも就任されている建築家・青木 淳氏。2019年4月から大阪芸術大学建築学科の客員教授となった同氏による特別講義、「建築とアート」が2019年11月30日(土)、2020年1月25日(土)の2日間に渡り、大阪芸術大学の建築学科にて行われました。
第1回、第2回を通して「建築とアート」を題材に行われた本特別講義は、建築学科の学科生・大学院生はもちろん、他学科の先生方も集まり、当日は立ち見の学生が出るほど注目を集めました。
第1回「建築とアート~京都市京セラ美術館の設計を通して~」では、「美術館」という施設の成り立ち、国内外の著名な美術館の設計についての話から、青木先生が設計した『京都市京セラ美術館』へ。長年アートと建築の総合的関係を追及し続け、第一線で活躍する青木先生だからこそ語ることができる講義となりました。
「起源は古代ローマ時代までさかのぼる美術館ですが、美術館という空間に求められるものは時代により変化します」と、オーストリアの『ブレゲンツ美術館』やデンマークの『北ユトランド美術館』などを例に、長年美術館の設計で常識とされてきた「ホワイトキューブ」(※)というニュートラルな空間の歴史を、美術品と採光の関係性なども踏まえながら実際の建築図をもとに丁寧に解説。
※ホワイトキューブ…1929年に開館したニューヨーク近代美術館(MoMA)が導入したといわれる、すべての壁に「白」を用いた空間のこと。美術品が映える画一的な空間として、長年支持され続けている。
ホワイトキューブは白い空間で光を反射させることで、美術品を主役とし、より映えさせることができる手法として世界中で取り入れられています。青木先生ももちろんホワイトキューブについて考え、試行錯誤されますが、ある日、元りんご酒倉庫で展示されていた画家・彫刻家の奈良美智さんの作品に引き込まれたそうです。美術館のホワイトキューブの空間よりも、使い古された壁や床の元倉庫の空間での展示のほうが、作品と会場が高め合うことで作品を魅力的に感じることができた体験から、ホワイトキューブでの展示がいつも正解なわけではなく、美術品と空間が対等であることこそが重要だと聴講者へ語りかけます。
火や水、音楽などさまざまな要素を用い構成され、フォーマットの多様化が進む現代の芸術作品は、必ずしも画一的な空間だけでのみ魅力を発揮するとは限らないという青木先生の考え方は、自身が設計を務めた『青森県立美術館』の事例へと繋がります。『青森県立美術館』は『三内丸山縄文遺跡』に隣接していることから、古いものと新しいものを共存させるルールとして「発掘現場の質を美術館まで延長させる」ことを考え出しました。遺跡発掘現場から、土を縦横に切ってできたトレンチ(溝)の示す縄文時代からの積み重ねの感覚を美術館に落とし込むため、美術館にも縦横に走る土の溝をつくりその隙間を展示室とすることとなりました。それが土の展示室と呼ばれる空間となり、ホワイトキューブの展示室と土の展示室が交互に現れる美術館となりました。
美術館周辺の環境のみならず、その土地がもつ歴史や文化など、土地そのものの魅力も考慮した上で設計へと落とし込むそのスタイルは、およそ3年間のリニューアル期間を経て新しく生まれ変わる『京都市京セラ美術館』でも存分に発揮されています。
『京都市京セラ美術館』は、現存する日本の公立美術館では最も古い建造物であり、昔は進駐軍も駐留した歴史ある建物。時代を経ても京都に住む人々に長く愛された背景や環境から考え始め、これまでの良いところと変えるべきところを美術館としての機能性も考慮しつつ、環境に合わせて設計を進めていきました。また、途中から収蔵棟も新しく作ることになったため、新しい建物と古くからある建物をそれぞれ活かし合うために外壁のタイルのピッチを合わせるなど、付かず離れずの関係を調整。新旧が対立するかたちではなく、既存のものと新しいものが重なり合う建築の実現をめざし、美術館を「京都に住まう人々の財産」ととらえ、既存の建築の良さを残しつつ新しいものを補填する手法を、エントランス箇所などの具体例を交え解説しました。
第2回の講義「建築とアート~一連のルイ・ヴィトン店舗の設計を通して~」では、青木先生が実際に設計を手掛けたルイ・ヴィトン店舗を主題に「商業建築」にまつわる講義を実施しました。
1999年に竣工した『ルイ・ヴィトン 名古屋栄店』を皮切りに、表参道店、松屋銀座店、六本木ヒルズ店、海外ではニューヨーク店や香港ランドマーク店など、多数のルイ・ヴィトン店舗の設計を手掛けてきた青木先生。
行き来する人物がある程度限定される住居や、展示物が一定期間固定されるギャラリーや美術館などの設計とは違い、季節や流行などさまざまな要素により常に内観が変化し、日々多くの人々が来訪する商業施設の設計では「内観だけではなく外観も重視し、店舗が街全体の点景になること」にも配慮されているそうです。
「まるでお灸のような、一点の刺激が全身に機能するような建築をめざしています」という言葉通り、各店舗の外観は華やかで建築の造形そのものにアート性を持たせつつも、その土地ごとのカラーをより引き出している印象でした。
建築の世界で青木先生は「ポストモダニズムの性格を残しながらも、近代の思想を継承している建築家」として高い評価を得られています。
2回の講義を通じ、ご自身が活躍される建築ジャンルを限定せず、街の歴史や特色、そして建築物の持つ意味を模索し続ける姿勢から建築への熱い想いが伝わる特別講義となりました。
青木先生が、内観や外観などを見た目だけでなく、その建築が造られる経緯や歴史なども考慮し設計に取り掛かられていることがよく分かり、とても勉強になりました。 もちろん、青木先生の建築は見た目の美しさでも高い評価を得られていると思いますが、今日の講義で「中身をどう見せるかを考えた上での器(建築)である」という建築に対する考え方に感銘を受けました。自分も青木先生のように、さまざまなことへの造詣が深く、広い視野を持った建築家になりたいです。
以前、授業で「美術館」を設計する課題が出された際、知識がなく手探りで課題を完成させましたが、今日の講義で美術館を構成する大切な要素を改めて学べたと思います。 次回はコンバージョン(既存の建物の施設を利用しながら、全面改装を行い建物を一新する建築手法)の課題が出ているので、既存の要素を生かした『京都市京セラ美術館』の話を早速参考にして頑張りたいです。 私は将来、住宅の建築に携わりたいと考えていますが、今日の講義で学んだ「建物の持つ要素や背景を建築に生かす」という青木先生の信念を、私も大切にしたいと感じました。
私が「建築家」の道を選んだのは、とにかく楽しかったからです。「自分が楽しいと思える建築をずっと続けたい」という気持ちが、今の自分を作っているのだと感じます。もちろん苦労もありましたが、物は考えようで、見方を変えれば苦労も楽しめるものです。 日本国内では、大学の建築学科を卒業して建築家になる方が多いですが、実は海外では建築学科を卒業してまったく他業種の仕事に就く方も多いんです。映画監督になった方もいれば、ファッションデザイナーとして成功した方もいます。それだけ「建築」は、様々なことを学べる事象なんです。複数の課題を同時に解決する力が養われるので、どんな場面でも建築で学んだことは役に立つと思います。
「日本を代表する建築家の生の声を学生に届けたい」という想いから実現に至った今回の特別講義ですが、講義を聞く学生たちの真剣な姿を見ることができ、私も嬉しく思います。 青木先生を客員教授にお招きしたのは、ただ著名な建築家だからというだけではありません。昨今「デザインビルド」ということで、基本設計と実施設計を切り離し、実施設計は施工と一括して別の組織に発注する手法が増えてきています。デザインビルドはコストが削減される効果はありますが、建築家の役割は表層のデザインに限定され、その弊害で建築がファッション化しつつあるんです。 しかし、青木先生は今でも設計に専念し、ご自身の手がける建築物の存在意義や歴史まで深く考え建築を続けています。アートへの造詣も深く、「芸術学部の建築学科」の教員として、さまざまな知識を学生に与えてくださる方だと思っています。 今の時代は即物的なものではなく、アートなどを慈しむ「心の豊かさ」が重視される時代です。そういった時代に適合した建築家を育てることが、大阪芸術大学の建築学科の責務だと考えています。建築が人々に及ぼす影響の大きさを、学生たちには学んでもらいたいですね。