2020年2月、大阪御堂筋に国内最大級となるルイ・ヴィトンの旗艦店がオープンした。かつて江戸と浪花を結んだ菱垣廻船をモチーフにしたファサードは、帆を模したダイナミックな曲線が印象的だ。
話題をさらったその外装デザインを設計したのが、ルイ・ヴィトンの店舗設計を手がけて20年以上、世界に名を馳せる建築家。その青木淳氏が内装設計を手がけたギャラリー「シュウゴアーツ」(東京・六本木)で話を聞いた。
Photo:Maciej Kucia
Text:Tomoko Tanaka
「堂々と重厚感のある御堂筋に対して、“明るく軽やかなもの”をつくりたかった」と青木氏は言う。建築設計は都市計画ではない。だから街全体が変わることはない。「でも建物が建つというひとつの“刺激”によって、街の文脈が変わるからおもしろい」と笑う。
じつはここに至るまで、青木氏は100案近くの設計アイデアをひねり出した。建物が建った情景を何枚も描き起こし、迷いながら、模索した末に完成したものだそうだ。
青木氏は、設計という作業は、“未知なる旅に出るようなもの”と表現する。依頼主の望みを形にするのが建築家の仕事。それは要求通りに従うことでなく、依頼主が言葉にできない、心の奥深くにある欲望を見つけること。
「これはちょっと違うかな?なんてやりとりを繰り返しながらね。設計って、そんな長い旅をするような感覚です。その時に大事にしているのが、異なる意見を聞くこと。先入観を持たず、“自分を変えること”。すると双方が思いがけない到達点に辿り着くことがある。未知の場所に行くのっておもしろいですよ」。
もうひとつ、青木氏の設計ポリシーを象徴する仕事が「京都市美術館」のリニューアルだ。日本で2番目の公立美術館として開館した同館は、2020年4月、氏の指揮による改修工事で大幅なアップデートを果たした。
同館の設計で青木氏がめざしたのは、“開かれた美術館にする”ということだ。
「リノベーションというのは、新旧のコントラストや意図が明確に伝わるようなデザインにするのが従来のセオリー。でも私はあえて新築した部分が一見して分からないようにした。建築は、コンセプトを伝えるためのメディアではないですから。受け取り方が人によって違っていい。さまざまな体験が生まれる場をつくりたかったんです」。
建築というのはあくまで器であって、ともすればその器は、そこに生活する人の枠や価値観を決めてしまう危険もはらんでいる。だからこそつくり手の意図を押しつけてはいけない、それが青木氏の考えだ。“色んな意味に開かれた”柔らかな空間のつくり方は、世界に新しい建築のあり方を発信できたのではないかと氏は振り返る。
いよいよ宇宙で暮らす未来も夢ではない時代が近づく今、ずばり宇宙に建物をつくるなら?という問いをぶつけてみた。
「まず惑星ごとに重力が違うだろうから……例えば重力がなければ高さ的にも体積的にも非常に大きな空間になるしね。星ごとの特性に対してどんな形がいいのかを考えていくかな」。そのフラットな口調から窺えるのは、青木氏にとって建築に向き合う姿勢は、たとえ宇宙スケールであろうと何も変わらないということだろう。
●青木淳(あおき じゅん)1956年神奈川県生まれ。大阪芸術大学建築学科客員教授。東京大学工学部建築学修士修了。磯崎新アトリエを経て1991年に独立し、青木淳建築計画事務所を設立。一連のルイ・ヴィトンの店舗を代表とする商業施設のほか、博物館や体育館、市民プールといった公共施設から個人住宅まで多岐にわたる建築の設計を手がける。美術分野への造詣も深く、最近では京都市美術館のリニューアルを手がけ、2019年4月には同館館長に就任。
◎青木淳氏をもっと知りたい方はこちら