2022年10月22日~2023年1月9日、大阪中之島美術館と国立国際美術館にて、戦後日本美術の一つの原点と言われる美術家集団・具体美術協会(具体)の展覧会「すべて未知の世界へ ― GUTAI分化と統合」が共同開催されました。
大阪中之島美術館では、「具体」のメンバーであった向井修二さんのインスタレーション作品の制作に、美術学科を中心とした大阪芸術大学の学生たちが参加。制約を超える自由な創作を体感しました。
「具体美術協会(具体)」は1954年に結成され、「精神が自由である証を具体的に提示する」という理念のもとに活動した前衛芸術グループ。その歩みは、解散から半世紀が経つ今また注目を集めています。大阪中之島美術館と国立国際美術館の2会場で、「具体」の軌跡をたどる展覧会が行われました。
大阪美術学校(現・大阪芸術大学附属大阪美術専門学校)出身の向井修二さんは、「具体」の第2世代として活躍。無意味な記号であらゆるものを埋め尽くす作品で知られ、現在も国内外で精力的な活動を続けています。
この展覧会のために新たに制作された向井さんのインスタレーション「記号化されたトイレ」で、大阪芸術大学の学生たちとの共同制作プロジェクトが決定。ニューヨークのグッゲンハイム美術館など世界でも話題を呼んだ作品の制作に参加し、世代を超えたコラボレーションが実現しました。
10月の制作に先立ち、9月に大阪芸術大学で向井さんの特別講義を開催。学生たちに向けて、「具体」の活動経緯やその精神、作品の制作意図などを語っていただき、参加したメンバーたちは熱心に聞き入りました。
講義後に美術学科のアトリエを訪れた向井さんから、学生たちへのアドバイスも。関西の現代美術界の歴史を紡ぎ、世界的に活躍する作家と直接コミュニケーションを交わす貴重な機会となりました。
10月5日から大阪中之島美術館の5階トイレでいよいよ制作がスタート。「トイレを無意味な記号で埋める」という作業に取り組み、最初は戸惑いの表情を見せていた学生たちも、次第にコツを把握。向井さんの「ただの落書きでなく、表現として描く」という言葉で、のびのびと手が動くようになっていきます。3日間の制作を経て、トイレ空間が圧倒的な迫力のアート作品に変貌。学生たちから「やった!」という感嘆の声があがりました。
今展覧会では、1960年に「具体」が実施した「インターナショナル スカイ フェスティバル」の再現も行われました。百貨店屋上でアドバルーンに作品を吊るした当時の展示にならって、11月15日~20日の期間中、大阪中之島美術館の屋上で7つのアドバルーン作品を掲揚。そのうち4作品を美術学科の学生チームが担当し、向井さんら「具体」作家の作品とともに空中に展示されました。
このプロジェクトを通じて学生たちに大きな刺激を与えてくださった向井修二さん。「感性や美意識は、技法を学び頭で考えるだけでは磨けません。若い時にどんな人やものに出会い、どんな刺激を受けるかも大切です。今回の制作体験から何かを感じ取ってもらえたら嬉しいですね」と、芸術家の卵たちへの思いを語ります。
「もっと常識や既存の枠を打ち破って、創造力を自由に羽ばたかせ、自分の意志を表現してほしい。そのためには知恵も必要です。人と同じことを考え、同じことをやっていては始まりません」と力強く激励してくださいました。
今回のプロジェクトには、美術学科油画コースの抽象ゼミ生を中心に、海外からの留学生や芸術計画学科の学生など約20人が参加しました。向井修二さんとの共同制作は、彼らにとって非常に大きな学びになったと思います。特別講義では、世界的にも高く評価されている現役作家の生の声をお聞きして、その考え方や生き様を実感。教科書で美術史を勉強するのとは異なり、関西の現代美術の大きな流れを身近に感じられる大変貴重な内容でした。 トイレのインスタレーションでは、「文字と認識されない記号を描く」「記号化することで既存の価値を上塗りする」という向井さんの言葉に悩みつつ、学生同士でもディスカッションしながら制作。絵画や彫刻とはまた違う表現や、自分の手を動かすのではない表現や作品制作のあり方についても、実践を通して学べたように感じます。 大阪芸大では、美術館の展覧会と連携して大学生と高校生がともに学ぶワークショップなど、多様なプロジェクトを展開しています。今回のように美術館と作家と大学がつながる企画は初めてですが、色々な化学反応をもたらす面白い試みになりました。たとえば「具体」を知らない方でも、「学生が参加してトイレを記号で埋め尽くした作品」と聞くと、美術館に足を運んでみようと思われるかもしれません。アートへの関心を広げる一つのきっかけにもなったのではないでしょうか。
向井修二さんの特別講義では、「具体」の活動からご自身の作品制作のスタンスまでお話を伺うことができ、それだけでこのプロジェクトに参加して良かったと思いました。インスタレーション制作で「意味のない記号」を描くのは想像以上に難しかったです。悩みながら作業を進めるにつれて、全員が自然に描けるようになっていったのですが、誰がどの記号を描いたか一目瞭然で、「記号から意味をなくすと、描き手の深い部分が表れる」と発見できたのも面白かったです。 作品が完成した瞬間、それまでトイレだったものが、記号によって解体され、新たな空間に生まれ変わったことに感動。「埋め尽くすという力」「空間の可変性」を体感できたのは、自分の作品を制作する上でも非常に大きな収穫になったと思います。実は、複数人で一つの作品を作るのが苦手。アドバルーン作品のチーム制作でも初めは頭を悩ませたのですが、インスタレーションでの共同制作が役立ち、意外に早く納得のいくものを仕上げられました。 この大学では、学生の自由や自主性を尊重してもらえるため、やりたいことに集中して取り組むことができます。現役作家の先生方から様々なアドバイスをいただきながら、実践を通じて「美術/芸術」のあり方を学んでいます。今後の方向性はまだ考え中ですが、芸術に直接携わる仕事を選ぶかどうかに関わらず、作品制作はずっと続けていこうと思っています。
今も世界の第一線で活躍されている芸術家と一緒に、大きな美術館に展示する作品制作に関われる。そんなビッグプロジェクトに参加するのは初めてのことで、興奮と不安が入り混じる気持ちでのぞみました。インスタレーション制作中は、自分を含め学生たちみんながトイレの壁や床、天井に向かってペンを走らせるという不思議な光景から、一人ひとりの創作への熱意があふれ出すのを実感。完成時には大きな達成感に包まれて、今までにない経験ができました。 アドバルーンに吊るすバナー作品は、4つのチームでテーマやスタイルもそれぞれ違うものを制作しました。私たちのチームは、バナーの透ける生地をいかし、表裏を別々に描いて工夫。このようなグループワークも初挑戦で、メンバー同士で意見交換したりお互いに配慮しあったりしながら制作を進めていけたのも新鮮でした。今回のプロジェクトで、授業だけでは得られない体験をたくさん得ることができたと思います。 大阪芸大の美術学科は教室やアトリエが広く、設備も充実していて、とても学びやすい環境です。私が所属する油画コース抽象ゼミでは、一人ひとりの個性を十分に伸ばすことができ、自由な雰囲気が自分に合っていると思います。将来は何かクリエイティブな職業に就くのが夢。このプロジェクトから学んだことも、いつか仕事の上で役立てていきたいです。