『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』。
作家・佐藤泰志原作の3つの小説を大阪芸大出身の映画監督3人がそれぞれ映像化。函館三部作としてつながりを持った。どのようにしてこの3つの映画は生まれたのだろうか?
撮影:岡田 敦 photographs:OKADA ATSUSHI
不遇の作家。佐藤泰志のことを人はそう評する。
同じ1949年生まれの作家に村上春樹がおり、同じ時代を生きながらもまったく日の目を浴びなかったからだ。そもそも佐藤泰志は、学生のころから小説家をめざして執筆活動に励んでいて、高校在学中に文学賞を受賞するほどの実力の持ち主だった。
大学進学とともに上京し、卒業後も職を転々としながら、作品を書き続ける。しかし、それらの作品は純文学作家の登竜門とされる芥川賞に5回候補となりながらもすべて落選。1989年には三島由紀夫賞も取り逃がし、翌年、失意のうちに41歳で自殺。さらに追い討ちをかけるように、没後は全作品が絶版となってしまった。
そんな佐藤泰志に再びスポットライトが当たるのは、死後17年が経った2007年のことだった。個人出版社クレインが主要作品から単行本未収録作品、エッセイなどを収録した『佐藤泰志作品集』を出版したのだ。
そして、10年に熊切和嘉監督が『海炭市叙景』を映画化すると、瞬く間にその名が広まり、『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』と次々と映画化。さらに多くのファンを獲得することにつながった。佐藤泰志の作品の多くは、貧困や失意を背負いながらも、一瞬の光をめざして生きている人を描いたものが多い。苦労人だった佐藤泰志の人生を考えながら、函館三部作を見るのも楽しみ方のひとつだろう。
●さとう・やすし1949年北海道生まれ。同年代の作家である村上春樹と並び称されるも、芥川賞や三島由紀夫賞といった文学賞には恵まれず、1990年に41歳で自らの命を絶った。その際に全作品が絶版になるも、2007年に全作品集が発売されたことで再評価を受けている。
函館という街を舞台に、それぞれ異なる視点で映画を撮った3人の監督たちにあらためて函館三部作について語ってもらった。
函館という街は映画が撮りやすい
—3つの異なる映画が三部作としてまとまる。しかも、それが大阪芸大卒の監督によるものというのはなかなかないと思います。実際、撮影はいかがでしたか?
熊切「僕のときはメインスタッフに地元の人も参加してくれたんですが、そういう映画のつくり方ははじめてだったのでおもしろかったですね」
呉「『海炭市叙景』を観たときに、とてつもない映画だなと思ったんです。とても静的なのに、人の生き死にの瀬戸際を波打っているような緊張感のある映画で。そういう衝撃を受けていたから『そこのみにて光輝く』のオファーが来たときに、同じことをしても意味がないなと思ってプロデューサーの星野秀樹さんや撮影監督の近藤龍人くんと相談しながらいろいろと模索しました。結果として肉感があるというか、人に接写する感じの映画になりましたね。函館はとても絵になりやすかったですし」
山下「街自体がなんだかロケセットみたいなんですよね、函館って。だから、ちょっとした合宿みたいな感じで俳優たちも撮影に臨んでくれた。僕もあんなに撮影に没頭できたのも久しぶりだったし、とてもいい環境でした」
極限状態だから撮れた珠玉のワンシーン
—ご自身の作品で印象に残っているシーンは?
熊切「兄妹が初日の出を見るシーンですね。撮影日数もギリギリの状態だったし、もう撮れないんじゃないかという雰囲気だったんです。それで夜通しやっていい画が撮れたので感無量で。撮影監督の近藤くんも普段は冷静なのに目頭を熱くしていたくらいですから(笑)。映画の撮影という枠を超えた感覚がありましたね」
呉「私は『そこのみにて光輝く』で濡れ場に初挑戦したんですが、女の人の撮り方にすごく悩んだんです。変に生々しくなるのも嫌だし、だからといってシーツで何も見えないのも嫌だなと思って。だから、綾野さんと池脇さんにはすごく頑張ってもらいました。夜の静かな状態で撮ったんですけど、ふたりがキスする音とか、部屋が軋む音とかが耳に入ってくるわけですよ。でも、その状況って普通に考えたらすごいじゃないですか。もう気がおかしくなるくらいギリギリのところでやって撮れたシーンでした」
—山下監督はどうですか?
山下「僕が印象に残っているのはオダギリジョーさんと蒼井優さんが言い合いをするシーンですね。撮影の最終日に撮ったんですけど、それまで2週間くらい休みなく撮影していたので、俳優もスタッフもボロボロの状態で。僕もよくわからないまま演出していたんですけど、編集していったら映画のなかで核となるシーンになっていて、力以上のものが出たと思います。撮影が終わった後はオダギリさんも蒼井さんもぶっ倒れていましたから。でも、あのシーンはふたりの見せ場になったと思います」
連続性のなかで3つの映画が生まれた
—では、自分以外が撮影した作品で印象に残っているシーンは?
熊切「『そこのみにて光輝く』は、さっき話題に出ていた濡れ場がいい色気を放っていましたね。僕が撮ると下品になってしまうので」
呉「濡れ場って、ある意味、自分の恥部を見せるようなものじゃないですか。だから、演者さんって本当にすごいですよね」
山下「僕が個人的にすごいなと思ったのは、『海炭市叙景』に出てくるおばあちゃん。ドキュメンタリーとは違うんだけど、リアルな感じがあってすごいもんを見せられた気がしました。自分もどこか無理して撮ってることがあるんですよ。でも、そういう感じがしなくて、ちゃんと向き合えばいい画が撮れるんだと思いましたね」
熊切「でも、逆に『オーバー・フェンス』を撮れるのは山下くんしかいないと思う。無職の男たちがグダグダして、最後にソフトボール大会をするだけの物語をこれだけおもしろくできるのはすごい」
呉「あとは蒼井優さん冥利に尽きるなって思います。こんな風に生きられたらって憧れる。オダギリさんとの口論のシーンもヒステリックでおかしいんだけど、女としてはすごい共感できる部分が多くて。ものすごく通じ合えた気がします、あの映画の蒼井さんと」
山下「蒼井さんはストレスを感じながらあのキャラを演じていたと思う。でも、映画のなかではキーになる役だったし、それ以外の男がダラダラしているだけだから余計に引き立つというか、自分が今までに撮ったことのない女性の姿を映せたのかなって思います。あと正直、僕はラッキーでしたね。2作目の監督だったら絶対に『海炭市叙景』の影響を受けていたと思うんですよ、でも呉監督が『そこのみにて光輝く』でまったく違う映画をつくったから、僕の立ち位置がわかって、結果的に自由に撮れたんですよ」
●お・みぼ1977年三重県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、大林宣彦事務所『PSC』に入社。2005年『酒井家のしあわせ』がサンダンス・NHK国際映像作家賞日本部門を受賞し、本格的に映画監督デビューを果たす。
●くまきり・かずよし1974年北海道生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。卒業制作『鬼畜大宴会』が第29回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリ、タオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞し、話題に。監督最新作は、2017年6月3日(土)全国ロードショーの『武曲 MUKOKU』。
●やました・のぶひろ1976年愛知県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。先輩である熊切和嘉監督『鬼畜大宴会』のスタッフとして参加。自身の卒業制作『どんてん生活』では、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを受賞。
3人のような監督がいるそれだけで価値がある
大阪芸大出身だからかもしれないんですが、監督3人とも映画への愛がすごく強い。それが魅力でもあるし、信頼感にもつながっています。
今でも覚えているのは『海炭市叙景』のときのこと。本当に予算がない状態で撮影をスタートしたので、途中でエピソードを2つ減らそうと熊切監督に打診したんです。そうしたら、「自分がお金を出してもいいから撮らせてもらえないか」と言われて。そこまで言われたら信じるしかないじゃないですか。監督の熱意が勝ちましたよね。結局、監督自身は出資していないですけどね(笑)。
●ほしの・ひでき 1971年福岡県生まれ。東京都立大学大学院理学研究科卒業。2001年にプロデュースしたインディーズムービー『Peach』がLAIFF in JAPANにて大賞を受賞。その後映画を中心に、プロデューサーとして活躍中。最新プロデュース作は、熊切和嘉監督作品『武曲 MUKOKU』。
それぞれの作品を丁寧に撮っていっただけ
函館三部作と銘打っていますが、そういった言葉を使うようになったのは最後の『オーバー・フェンス』からなので、本当にそれぞれの作品をどう魅力的に撮るのかを意識しました。
とはいえ、大学時代から知っている仲だったので、阿吽の呼吸というか、他監督たちにはないやりやすさはありましたね。とてもスムーズに撮影できた気がします。運よく僕の周りには監督と呼ばれる大阪芸大卒業生の方々が数多くいるので、これからも撮影監督としていろいろな作品に呼んでもらえるようになればいいですね。
●こんどう・りゅうと 1976年愛知県生まれ。大阪芸術大学在学中に熊切和嘉監督の卒業制作『鬼畜大宴会』に、スタッフとして参加。『海炭市叙景』では第65回毎日映画コンクール撮影賞、『そこのみにて光輝く』では第10回おおさかシネマフェスティバル撮影賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
3人の監督は佐藤泰志の物語をどのように映像化したのだろう。どうせなら3本まとめて観てみよう!
架空の地方都市を舞台に家族の再生を描く
佐藤泰志の遺作となった短編集に収録された18の物語のなかから、『まだ若い廃墟』『ネコを抱いた婆さん』『黒い森』『裂けた爪』『裸足』の5つの短編を選び、映画化。函館市を模した架空の都市・海炭市で生きる人々の闇と希望を、寒々とした冬の函館市とともに描いた。
キャストは、熊切作品の常連である小林薫をはじめ、竹原ピストル、加瀬亮、南果歩など豪華俳優陣。疲弊した地方都市で生きる人々をリアルに演じている。本作は第23回東京国際映画祭コンペティションに正式出品されたほか、第12回シネマニラ国際映画祭ではグランプリと最優秀俳優賞がキャスト全員に贈られ、圧倒的な評価を得た。
光の届かない場所で 輝こうとする人たち
タイトルに用いられる“そこ”には、場所を示す“そこ”と人生のどん“底”というふたつの意味が込められている。そんなタイトルが表すように、この物語は底辺のような暮らしをする男女の姿が描かれる。
愛を捨てた孤独な男・達夫(綾野剛)と家族を支えるため過酷な日常を生き抜く女・千夏(池脇千鶴)。ふたりが出会ったとき、人生は輝きはじめる。本作は国内外でも高い評価を得ており、第87回アカデミー賞外国語映画賞部門に日本代表作品として出品されたほか、第38回モントリオール世界映画祭では最優秀監督賞を受賞している。また、綾野剛は第36回ヨコハマ映画祭主演男優賞を獲得。俳優としての評価を確実なものとした。
壊れかけた男と女は フェンスの先に何を見る?
職業訓練校での野球の試合を描いた短編が原作。それを山下監督が見事なラブストーリーへと昇華させた。その手腕は、プロデューサーの星野さんも「この作品は山下監督でなければ完成しなかった」と絶賛するほど。
東京で暮らしていた妻に見放され、故郷の函館で職業訓練校に通っている白岩義男(オダギリジョー)が、ある日訪れたキャバクラで出会ったホステス・田村聡(蒼井優)と急速に惹かれあっていく姿を描く。心が引きずり込まれそうになるほどの圧倒的な演技、それとは対照的なくらい軽やかに流れる音楽、そして最終章にふさわしい爽快感に包まれたラストシーン。函館三部作を締めくくるにふさわしい作品だ。